・タイトル
どうぶつの国
・本の概要
両親を大山猫に食べられて、一匹ぼっちで暮らすタヌキのモノコ。
ある日モノコは、川から流れてきた見たことのない動物の赤ちゃんを拾う。
種は「ヒト」。
強さが全ての弱肉強食のこの世界で、戦うための牙も、爪も持たないこの弱い動物が、「言葉」という全ての動物に通じる鳴き声で世界を変える。
・著者情報
雷句誠(らいく まこと)
職業 漫画家
活動期間 1991年~
ジャンル 少年漫画
代表作
『金色のガッシュ!!』
『どうぶつの国』
受賞歴
第48回小学館漫画賞少年部門『金色のガッシュ!!』
第37回講談社漫画賞児童部門『どうぶつの国』1991年、高校在学中に「BIRD MAN」でまんがカレッジに入選し、デビュー。
高校卒業後に上京し、藤田和日郎のもとで6年間アシスタントを務め 、2001年1月から『週刊少年サンデー』で『金色のガッシュ!!』を連載。ペンネームの「雷句」は、雷が好きで「雷(ライ)」に何か付けようとゴロが良さそうなカ行の文字を当てはめている。また、英語での意味も良い「ライク」となった。
初期の短編は青山剛昌や皆川亮二の影響が強かった。
師匠同様、少年漫画らしい「熱血」的描写が得意であり、いじめや複雑な人間関係を『金色のガッシュ!!』で描くなど、理不尽なものに対する強い思いを込めた描写が多く描かれている傾向にある。
・点数 100点
ストーリー☆☆☆☆☆
画力☆☆☆☆☆
キャラクター☆☆☆☆☆
設定☆☆☆☆☆
没入感☆☆☆☆☆
・評価
話としては分かりやすくて奥深くて帰結するのでテーマの一貫性がありました。
少し言えば、地球とは別文明の話で、文明として栄える前の状態から、別の方向に進化したあり得たかもしれない、もしかしたらあるのかも、或いはあったかもしれない次元のお話です。
動物がメインということもあり、結構繊細に線を使って独特な表現をしています。ガッシュのクライマックスの迫力がわりと最初からあるイメージ。
喋れるルールなので、表情だけで表す訳ではないですが、正直、画だけでも案外伝わるのでは?ぐらいの圧巻の迫力がありました。
ある意味で生物学の再現と亜種の進化を表現した作品だと思っています。
どういうことかと言うと、動物達の中での食物連鎖は当然描くし、突如現れた「ヒトの子」の立場というか、特別性、動物の頂点に立つというルールがあり、僕が子供の頃から思っていた違和感である「食物連鎖の頂点が何故人間?」という疑問の答えは擬似的に出してもらえた気がします。
多種族から見ると同じに見える動物でもそれぞれに違う顔、家庭や暮らしがあること、そんな当たり前のことを改めて実感しました。
様々な動物が出てきますが、それぞれの特性を捉えているというか、ちゃんと研究して描いていると思いました。
細部までこだわれていることもやりたかったことをやりきり、その斬新さも素晴らしかったです。
素直に内容が面白くて、「ガッシュより上」と聞いていた上で読んでも予想以上でした。
何よりも続きが気になりましたし、熱中度、満足感を含めた多幸感が凄かったです。
以下、商品リンクを挟んで、個人的に感じた感想を書いています。
ネタバレが気になる方はご注意下さい。
・感想
端的に言うと、いろんな方に読んでもらいたい作品です。
個人的な好みで言えば、ガッシュ<どうぶつの国です。
地球やヒトという馴染みある世界観ではありますが、パラレルワールドと見るのが妥当だと思います。
何故なら、ヒト(人間)もこの国では鳴き声を使う1種の動物に過ぎないからです。
その時点で、食物連鎖の頂点に立つのが人間だと信じて疑わない人には屈辱的かもしれませんし、ヒトと動物の会話なんてファンタジーが受け入れられなければこの作品は読めない……というほど特徴的な作品ではあります。
が、雷句先生の代表作の『金色のガッシュ』同様、メッセージ性の強い作品でもあり、熱い作品です。
そして、線の細かい画力も光る作品でした。
作品の特徴でもある『ヒト』と『どうぶつ』の会話についてですが、この作品の中では、『ヒト』というのは特殊な立ち位置として存在する種族になります。
この世界は喰うか喰われるか、弱肉強食の過酷な世界。
本来であれば、自分と同種族の言葉(鳴き声)しか理解出来ない。
何故なら、捕食対象のどうぶつの声が聞こえれば必ず支障が出るからだ……
そんな中、親を大山猫に食べられ、子供が故に群れの役にも立てずに浮いていたモノコは偶然捨てられていた赤ん坊を拾います。
赤ん坊の名前はタロウザ。
赤ん坊を拾ったモノコは、群れの中で更に孤立してしまいます。
村のタヌキ達は自分の家族の餌で精一杯だったからです。
しかし、衰弱していく赤ん坊や、熱心なモノコの姿を見て、タヌキ達は一大決心をするのでした。
こうして、タヌキに育てられた『ヒト』の男の子、タロウザが誕生します。
そして、月日は流れ、タロウザが喋れるようになった時、よちよち歩きで自力では立つこともままならず、年下のタヌキ達にも仕事が出来ないと小バカにされる日々のタロウザに変化が起こります。
タヌキ達の天敵、肉食の大山猫と会話を果たすのです。
会話が出来るか出来ないかで印象はかなり変わるもので…それは傷だらけの大山猫との出会いのシーンが象徴し、物語ってると感じました。
これは、人を見た目で判断するのは良くないことと同義だと思いました。
タロウザの持つ「鳴き声」の力で多種多様などうぶつと協力して村を発展させていく姿には、国籍など関係なく、足りないところを補い合っていけば平和な世界は自ずと出来上がるのではないか?と思いました。
上手くいっていた村を襲う悲劇、「火」についても、農作物や村そのものを焼き払う未知の恐怖と向き合い、調べ尽くすことで、火は敵ではなく、使い方次第で味方になる。という知恵を披露する場面があります。
火の使い方自体は、現在を生きる人々からすれば当たり前のことではありますが、未知の恐怖と向き合い、知ることの大切さを学ぶ意味でも見る価値はある場面です。
大切なのは「知ること」だと思うので。
「火」を持ち込んだ人物も含めてなんですが、この作品にはタロウザ以外にもヒトが存在し、ヒトは全て等しく他種族のどうぶつと会話が出来る鳴き声を扱います。
鳴き声でどうぶつを統一して指示をしていたタロウザとライオンに育てられた娘との戦いも作中のキャラからしたら未知との戦いでしたね、面白かったです。
肉食のどうぶつも食べられる実を見つけ、苦労の末に譲り受けたタロウザの前に待っていたのは、肉食獣にとっては餌の選択肢が増えるに過ぎないという残酷な現実を前に、どう立ち向かうのか……
そして、タロウザ達「ヒトの子」は何故存在するのか、その役割とは?
思いの外深い、過去との繋がりや、統一する意味を問われるクライマックスに向けた終盤の展開はとても考えさせられるものがありました。
同時に、自己犠牲の是非も問うた作品だと思いました。
その理想はエゴなのか、そうじゃないのか。
その理想の先に犠牲があっていいのか?
そこまで背負う必要があるのか?
そこら辺も考えるポイントだと思っています。
火の使い方の話から文明の発達してない話かと思うかもしれませんが、結構月日が流れる作品なので、最終的なテクノロジーはとんでもないものです。
最終的というよりは過去の文明の遺産が凄まじいというのが正解かもしれません。
実際にもありますよね、発達しすぎた文明や天才が生み出したテクノロジーが滅びを生む……的な。
そうなんです、この作品は、過去との戦いでもあるのです。
初期の頃から散りばめられた伏線が次々と繋がって壮大な歴史を紡ぐ……そんなもうひとつの地球の物語です。
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